ここでは201系電車の今は見ることの出来ない過去の姿を公開しています。

国鉄時代の原形スタイル (1981〜1987年)
クハ201-1 拝島駅に停車中の
トップナンバー編成

クハ201-1

撮影:1983-10
画像提供:稲岡誠二様(→HOME
無線アンテナやJRマークもない完全なオリジナル状態の201系
さよなら国鉄 (1987年)
立川駅
立川駅
当時小学生の私はお金もなく遠出が出来るわけがないので、いつものように立川駅に大好きな201系を見に行きました。 その時撮影したものです。
撮影日は覚えていません、3月31日は「さよなら国鉄スペシャル(TV)」を見るため昼寝をした記憶があるので最終日ではないはず…。


表情の変化
中央快速線の201系はJR化後様々な改造を実施し表情が次第に変化していきました。

その1:差込式ヘッドマーク(HM)

国鉄末期の1986年(昭和61年)2月からそれまでの大型HM(特別快速、臨時特快等は除く)の掲出を廃止したがJR化後すぐに復活。

1987年(昭和62年)5月に差込式に変更となりHM台座を取付、最初の大きな顔の変化となった。(写真1)

差込式HM『特別快速』、裏は『通勤快速』

その2:電照式ヘッドマーク

1992年(平成4年)度下期から種別の増設に伴い差込式から電照式へと変更を行った。
このとき分割編成の中間先頭車は従来の差込式のまま現在に至る(H9編成クハ200除く)。

現在のスカート装備のスタイルと比べると足回りに締りが無いような感じに取れる。
写真は立川駅にて1995年撮影


金糸雀色の201系 (1982〜2001)
 1982年(昭和58年)に登場したカナリア色の201系、2色目のバリエーションはこの色であった。

 末期の中央総武緩行線用201系は三鷹電車区に配属、103系、301系や営団車輌と共に活躍していました。
 1998年(平成10年)から209系500番台を投入し103系から順次置換、 翌年からはE231系の増備が始まり201系が転出する事に。 塗色の変更等を行い京葉線や青梅五日市線用として活躍することになり2001年(平成13年)11月をもってこの色の営業運転は終了した。
 最後に残ったクハ201-3も2005年12月付で廃車、翌年3月には解体された。今はこのカナリア色の201系が走る姿を見ることが出来ない。

中央線開業110周年 (1999年)
 中央線は1889年(明治22年)4月11日に新宿〜立川間が前身である甲武鉄道により開業、1999年には開業110周年を記念し各種行事が実施された。
 それにあわせ中央線を走る201系全編成に対しに円形に線路をモチーフに“CHUO110”をあしらった記念ステッカーを全面に貼り付け4月から8月下旬まで走行した。
 上記の写真は8月に撮影したもの。

 駅には記念する垂幕があちらこちらに掲出されそれをアピールした。(左の画像)


青梅・五日市線用201系 (2001年)
1999年から103系置換用として三鷹電車区の中央総武緩行線から転属してきた車両。
投入当初は103系の編成番号の続番で付番、まずはじめに6両編成が他編成と増結しない運用に充当、 主に五日市線内を往復していた。
その時の編成札段ボールでつくられた粗末な物、一応数字はそれっぽく書いているものの 非常に目立つ存在だった。 現在は専用の札を作成し付番も変更している。

◆ 201系資料館 ◆
◇ 西東京鉄道管理局 ◇
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